以上、六本木の歴史を、軍隊の町、アメリカの町、若者の町と見てきたが、この町には実はもうひとつ隠れた特色がある。きらびやかな表通りのために忘れられているが、六本木は実は古いお屋敷町なのである。それも、もともとここが江戸市中のはずれだったため、明治以後、華族や実業家の広大な屋敷が作られたためである。
現在、東洋英和女学院のある鳥居坂周辺にかすかにその面影があるし、スウェーデン、フィンランド、スペインなどの大使館が多いのもお屋敷町の名残である。三島由紀夫の後期の代表作「豊穣の海」の舞台は、鳥居坂界隈の華族の屋敷になっている。
戦前の「麻布区史」を読むと鳥居坂周辺には、明治時代、宮家や華族の屋敷が集中していたという。
いま鳥居坂を歩くと、かすかにその面影が残っている。
近年、六本木を歩くことが多くなった。というのは、六本木には、映画会社が多くなったからである。ブエナ・ビスタ、20世紀フォックス、そしてGAGA。それらの映画会社で行われる試写を見に週に1度は六本木に出かけて行く。
以前は、正直なところ、クラブやディスコ中心の六本木に親しみは持てなかったが、映画会社の試写を見に行くようになってから少しずつ六本木を見る目が変わってきた。軍隊の町、アメリカの町、若者の町と変遷してきた六本木は、いま、また新しいメディアの町として変わってきているのかも知れない。
フォックスやGAGAで試写を見たあと、時々、麻布十番のほうへ坂を下る。高校時代、この町にあった東宝の映画館で、黒澤明監督の「用心棒」を見たりしたので懐かしい。おしゃれなブティックや雑貨屋のなかに、いまだ昔ながらの焼鳥屋が健全なのが有難い。ついここで『途中下車』して、焼鳥とビールになってしまう。最新の空間の中に、古い町が残っている。これこそ都市のよさだと思う。